Asteya=不盗
友達から、ショックな話しを聞きました。友達がスーパー銭湯のような天然温泉の施設に行ったときのこと。毎日外すことなく身に着けていた、シルバーとピンクゴールドのネックレスを外し忘れた彼女は、温泉の成分で変色するのを避けるためネックレスを外し、目の届くところにタオルにはさんで見えないように置いて湯船につかっていたそうです。すると、ものの数分もしないうちに、ネックレスだけ綺麗になくなってしまっていたとのこと。
タオルはそのままで、ネックレスが落ちている形跡もなく、スタッフにも声をかけて探してもらったものの見つかることはなかったと。彼女曰く、盗まれたとしか考えられないとのことでした。
普段は寝る時もお風呂に入るときも一緒だったという、思い入れのあったネックレスだそうで、確かに私も何度か見たことがあったような気がします。
そんなに大事なネックレスを、鍵のかかるロッカーならまだしも、そのへんに置いてしまった彼女に、もちろん落ち度はあります。しかし、この平和な日本でも、そんなことが起こるんだと驚き、ショックも受けました。
私は、大切にしているものをとても大切にする性格で、なくすなんてことは考えられません。彼女もきちんとした性格で、かつ、たいへんなショックを受けており、落とした とか 置き忘れた とかいう過失は考えられなそうでした。
ヨガには八支則という、「ヨーガスートラ」に書かれた8つの守るべき規則があります。その1がYama(ヤマ)=禁戒 社会に対してやってはいけないこと。守るべきこと。
ヤマには5つの項目があります。
1.Ahimsa(アヒンサ)非暴力
2.Satya(サティア)ウソをつかない
3.Asteya(アステーヤ)盗まない
4.Brahmacharya(ブラフマチャリヤ)性欲に溺れない
5.Aparigraha(アパリグラハ)執着しない
ほとんどが、幼稚園で学ぶようなことです。しかし、カラダを痛めつけてまで深いasanaにトライすることは、自分を傷つける という意味でAhimsa(アヒンサ)非暴力に反しますし、誰かと待ち合わせをして、長らく待たせてしまうことは、相手の時間を奪う という意味でAsteya(アステーヤ)不盗に反します。なくなってしまった物をいつまでもいつまでも思うことはAparigraha(アパリグラハ)執着しない に反します。意外と完璧に守ることが難しいYamaなわけです。
どこかへいってしまったネックレスを思う気持ちはとてもわかります。いつも一緒だったものがないというだけで、気分が違ったり落ち着かなかったりするかもしれません。しかし、物は必ずいつか形を変えていきます。宇宙単位の時間で見てみれば、今この瞬間、まったく変わっていないように見えるマグカップも、いつか土に還る という時に向かってミクロの単位で少しずつ変わっていっているはず。物が壊れる、形を変える、のと同じように目の前からなくなることも変化のひとつであるわけです。
今、ネックレスを失った私たちができることは、なくなってしまったものに執着しないAparigraha。そして、この出来事を反面教師として、人のものを盗まないことAsteyaについて再確認すること。
私たち社会に生きるすべての人が、このYamaをみんな守れたら。でもそれが難しいから、こうして目指す支則として挙げられているのでしょうね。
ネックレスがどこかへ旅立ってしまった友達。残念だけれど、ネックレスが持っていた役割は十分に果たしてくれたのかもしれません。ネックレスがなくても淋しくないよ。がんばれるよ。そんなサインなのかもしれませんよ。元気だしてね!