渋滞から学ぶこと

先日、回答をいただいたアンケートにあった言葉 『ヨガ的生活』。高尾先生のようなヨガ的生活を送りたいです。そんなメッセージでした。

『ヨガ的生活』というと、どんな生活を思い浮かべますか? 朝早く起きてスタジオへ行き、黙々と練習をしてそれからベジタリアンの食事を摂り、お化粧にはナチュラルコスメを選び、おやつにはアサイーボウル、選ぶ食材もNatural House とかでオーガニックのものを選ぶ。なるべく穏やかに暮らし、争いごとや喧嘩などは避ける。のようなイメージでしょうか。

これらをすべて実現するのは結構たいへんかもしれません。まず、毎日ヨガする時間なんてないし。おやつには同僚のポテチを食べちゃったわ。昨日も彼氏と電話で気まずい感じになっちゃって。こんなことは普通にあり得ること。
でも、そこまで気負わなくても、普段の何気ない生活のなかで『ヨガ的生活』を送ることはできるものです。

たとえば、朝のクルマの渋滞。時間がない、間に合わない、となれば割り込み、スピード出し過ぎ、際どい信号無視、クラクションを鳴らされ、クラクションを鳴らし返し、おっと、警察が!なんていうある意味心労の多いドライブとなってしまいます。

この状況を『ヨガ的生活』に置き換えてみましょう。
ヨガの考え方の一つに、『まわりを観察する』ことにより『自分をまわりの景色の一部分』ととらえ、『自分がいる景色を、もう一人の自分が観察する』という方法があります。この方法を使ってみると、「今日、道混んでるな… あの車、危ないな~ もうすぐバス止まりそうだし この信号じゃあ渡れないな 早く進まないかな イライラ! という自分がいるな」 ここまで頭をめぐらせると、自分を外側から客観的に観察している という状態になります。

外から見ている自分がいるって考えたら、たとえばクラクションをがんがん鳴らす とか、危険な横はいり とか、格好悪すぎてそんなことはできませんよね。多少はそわそわしながらも少しは穏やかに、かつ世の中のひとたちの動きを興味持って眺めながら時間を過ごし、そのうちその渋滞も抜けることでしょう。

少し頭に血がのぼってしまい、冷静になれないような出来事があったら、一度こんな考え方をしてみてください。こんなことが 他のものを必要としない『ヨガ的生活』なんじゃないかな、なんて思っています。

 

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