「あなたは子供ができにくい」は本当か
先日外来に、こわばった表情で24歳の女性がお越しになりました。問診票にはなにも書いてなかったためなにを相談したくてお越しになったのかわからないまま診察室にお呼びし、とりあえずお話しを聞いてみることにしました。お話しを聞いてみても、おなかが痛いでも、おりものが気になるでも、生理が不順でも、不正出血があったでもなく、なんとなく子宮と卵巣を診てほしいんだろうな、そう自分の中で結論を出し、超音波検査などの診察をしました。診察上明らかな問題はなく、画像をお見せしながら説明をしたところ、いきなりの号泣。
私の外来で泣く患者さんは少なくありません。心配していた検査で問題なくてほろっと泣かれたり、妊娠継続をあきらめると決めた若い子が泣いたり。でも、大号泣というのはそんなにはありません。ひっくひっくしちゃうくらいの号泣。しばらくしてちょっとだけ落ち着いた彼女は、真っ赤な目のままやっと話してくれました。
鍼の先生にあなたは不妊だ と言われてきた と。そして再度大号泣。
もしかしたら私の知らない方法で、鍼の先生が不妊症を診断できるのか。百歩譲ってそうなのかもしれない。もしそうだったとしても、それが”絶対”でなければ、伝え方を考えてほしい。
24歳の女性が「あなたは不妊だ」と言われるショックを考えたことがありますか?しかもそれは、「あなたは子宮頸がんだ」と言われるのとはわけが違うのです。なぜなら「あなたは子宮頸がんだ」と伝えるには、私以外の病理専門医が出した病理診断結果が必要であり、その結果を得てはじめて「子宮頸がんです」となるわけです。
一方不妊症というのは、定義としては「男女が妊娠を希望し1年間、避妊することなく性交を続けているのに妊娠しない場合」であり、なんらかの治療をしないと、それ以降自然に妊娠する可能性がほとんどない状態を指します。24歳でまだ結婚もしておらず、本格的な子づくりを試してもいない女性が「あなたは不妊だ」と言われる理由がないわけです。
こういったケースは、なにも鍼の先生だけではありません。私と同じ産婦人科の先生に「あなたは子供ができにくい」と言われたことをずっとずっと心のひっかかりとして過ごしてきたという女性には、これまで何人も会ったことがあります。
「あなたは子供ができにくい」と言われたことがある方の中には、2か月に一度のくらいの生理しかこないという女性や、月経周期がほんとうにバラバラという女性が多く含まれます。確かに 子供ができにくい、そう言いたくなる気持ちはわからなくもありません。しかも、生理がバラバラの方はよく「私は子供ができますか?」と尋ねてこられますから。でもそこで、彼女たちがそう尋ねるのはなぜか、考えなきゃいけない。心配だから尋ねるんです。将来不安だから尋ねるんです。そこでもしもサクッと「んーあなたは子供できにくいよね」なんて答えてしまったとしたら、不安が確信に変わってしまうわけです。「私は子供ができにくいんだ」と。もちろんそこから早めに妊娠トライするなど、前向きな行動につながれば大きな問題ではないわけですが、受ける心の傷は言った側の想像をはるかに超えるものでしょう。
もし「子供ができにくい かもしれない」ことをお伝えするのであれば、私はこうお話ししています。
『あなたの場合は生理が不順で、いつ排卵があるかわかりにくい という意味で、いつ性交渉を持てば妊娠しやすいかがわかりにくい から、生理が順調に来る方と比べて子供ができにくい人だよ』
これはデリカシーの問題でしょうか?
私自身、私たちが発する言葉が持つ重さを、今一度考えたいと思います。