矢印の先にあるのはあくまで 現場

世の中にはいろんな学びがあります。意識の高いみなさんは、限りある時間と、少なくない労力やお金と引き換えに学びを続けていらっしゃいます。それは自分のための学びだったり、ご家族のための学びであったり、もしくは自分の仕事のための学びであったり。とても素晴らしいこと、そてもありがたいことであることは間違いありません。ただ常に願うのは、学びのその先にあるのは「現場の変化」 であってほしい、ということ。

先日、尊敬しているトレーナーの方とお話しをする機会がありました。その方と、意見が一致したことがあります。トレーナーの世界で成功したと認められる方の中で、トレーナーからトレーナーに指導するという立ち位置で成功した と見なされ、憧れの対象となったりしているようです。それが本来の姿なのか、ということ。

私からしたら、現場にいる相手は患者さん。
トレーナーからしたら、現場にいる相手はトレーニーの方。
ヨガインストラクターにしたら、現場にいる相手はヨガが好きなヨギーニたち。

本来、私たちが担っている「伝えていく」という役割は、この方たちに矢印が向いているべき。私がトレーナーとして最も尊敬している友岡和彦さんも、ヨガの先生としてもっとも身近でお姿を追っているケンハラクマ先生も、直接トレーニーを指導し、ヨガのガイドをされます。これってきっと、あたりまえのことすぎて皆があまり気にも留めないこと なのかもしれませんが、指導者としたら一番大切なことなんじゃないかと思っています。

矢印の先にあるのは 現場 であってほしい。

トレーナーは、他のトレーナーに対する指導内容によって評価されるべきではなく、あくまでトレーニングした人の変化、成果、時にはその過程において評価されるべきだと思うし、臨床の場にいる医者は、学んだ内容をいかに悩める患者さんに応用できるか が大切だと思っています。私自身、患者さんと直接接する外来という場が少なくとも週に6日あるからこそ、みなさんにお伝えする言葉に責任を持てるわけ。あくまで現場主義。指導的立場におられるみなさんにも、共に考えていただけたらと願っています。

関連記事